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五味太郎の結婚歴は?奥さんやお子さん父や母はどんな人?名言や現在について紹介

作家

五味太郎さんをご存じでしょうか。

絵本を見たら多分1冊くらい

または、絵は見たことがあるという方が多いのでしょうか。

日本を代表する絵本作家で、

これまで発表した絵本は450冊を超え、

百刷近いロングセラーもたくさんあります。

翻訳された作品も多数あり、20か国で翻訳されています。

五味太郎さんの絵本は、我が家でも人気がありました。

きんぎょがにげたやまどからのおくりものは

ボロボロになるほど読みました。

また、私は1年生を担任したときに「らくがき絵本」シリーズや

「さる・るるる」を授業であつかいお世話になりました。

そんな五味太郎さんの奥さんやお子さんお父さんやお母さんについて

調べてみました。

また五味太郎さんが色々なところでインタビューに答えているものから

特に私の心に残った名言や現在について紹介します。

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五味太郎Wikiプロフィール

本名   五味太郎

生年月日 1945年8月20日 昭和29年  終戦5年後

出身地  東京都調布市

最終学歴 桑沢デザイン研究所ID科卒業

卒業後は、デザイナーの後、

1973年「みち」で絵本作家デビューしました。

その後絵本を中心に、写真やアニメーションビデオ、

エッセイなど幅広い分野で活躍しています。

絵本作家さんは多才な方が多いなとブログを始めて

作家さんを調べるたびに思っていたのですが

五味太郎さんも多才でした。

五味太郎の父

五味太郎さんのお父さんは、法政大学の教授でした。専門は英文学です。

五味太郎さんが幼少の頃にもタイプライターで仕事をしていました。

かなりの個人主義者でした。

だからか、

子どもに対しても人間として扱い大人と平等に扱っていました。

五味太郎さんも怒られたり叱咤激励されたりしたことはないそうで、

自分の面倒は自分で見るというのが当たり前に育てられました。

中学時代にも、それを象徴するような出来事があります。

ちょっとワルだった五味太郎さん。

他人の車を友達と動かして煙が出てきて焦って放置して逃げたそうです。

もちろん警察に捕まるのですが、

五味太郎さんの家だけ親が迎えに来ません。

パトカーに乗って自宅に戻ると、

門の前で待っていたお父さんは、

「お前、そういうの面白いのかよ」

と聞き、

「面白い」

と五味太郎さんが答えると

「ふーん。俺はやんねえなあ。」

と答えて終わり。

それ以外特に叱ることもとがめることもなかったという話でした。

私だったら、焦ってギャーギャー何かを

子どもに言っているだろうなと思います。

内心バクバクで…

怒鳴り散らすだけと言うのは、

きっと自分の不安を子どもにぶつけているだけなのでしょうね。

親があたふたして騒げば騒ぐほど、

中学生の男の子ならなおさら、親との距離を広げそうですよね。

今は、何でもかんでも子どもの代わりに

おとなが出てきて、主張する人も多くなったと感じています。

子ども同士のけんかですら、

我が子には、非がないと守ろうと頑張っているのを見ると

五味太郎さんのお父さんとは真逆ではないかと思えてしまいます。

きっと、子どものことを思っているという

根底の部分は変わらないとは思うのですが…

なかなか、五味太郎さんのお父さんのように行動するのは難しいですが、

少しでも自分と子どもを分けて考えられると

五味太郎さんのように自分をしっかりもった人になるのかな

と思いました。

五味太郎の母

五味太郎さんのお母さんは、お父さんより10歳年下です。

朝学校に行くときにお茶の間でお茶を飲んでいるお母さんに

お茶を飲んでいきたいと伝えると、

ランドセルを起きなさいと言って

お茶を入れてくれるお母さんだったと言います。

決して早く行けなどと言わず

自分のことをやっていた。

もしかしたら、今のような便利な世の中ではないので

家事や子育てで忙しく

いちいち子どもにかまっていられなかったのかもしれませんが

それでも、自分の指示に従わせるのではなく

子どもの思いを受け入れるという

心に大きな大きなゆとりがある方だったのだろうなと思います。

こういうエピソードを目にすると

自分の心もなんだかふっと力が抜ける気がしませんか?

自分自身の子育て中は、

何に縛られていたんだろうとふと思ってしまいました。

五味太郎さんのお母さんもまた、

五味太郎さんと適度な距離を保って接していた人なのだと思います。

五味太郎の兄弟

3歳年上の姉がいます。

お姉さんとは高齢のお母様のことを相談したりしているようです。

今でも程よい距離で

連絡を取り合っているのが素敵だなと思います。

私は弟がいるのですが

実家に行ったときに話すくらいで

わざわざ電話やスマホで連絡を取ることがないので

もう少し関りをつなげておいた方がいいかなと思いました。

五味太郎の結婚歴や妻は?

五味太郎さんは、21歳でこの人と思う人に出会って結婚しています。

しかし、いつかは分かりませんが

家族解体と言われているので離れてはいるようです。

吉祥寺でパブレストランを始め、その後麻布に店を移し

お店の近くにマンションを買ってそこに住んでいたようです。

後に別の女性との間に男の子を授かっていますが

この女性と再婚したかどうかは定かではありません。

なにしろ、その女性と息子さんが住んでいるマンションにも

自由にはいかれず、行くときは連絡してから行っていたとか…

色々おとなの事情があるようですね。

仕送りを「奥さんにも息子の家にもおふくろの家にもしている」

という話もあったので

もしかしたら21歳の時に結婚された奥さんとは

戸籍上はそのままなのかもと思ったりもしました。

五味太郎の子どもは娘が二人と息子が一人

奥さんとの間に五味太郎さんが32歳の時から

年子で二人の娘を授かっています。

五味太郎さんがご両親に育てられてきたように

お子さん2人にもあまりうるさく言わずに接していました。

長女は高校二年生からイギリスへ留学し、建築を学びました。

結婚してロンドンで暮らしています。

下の子はのんびり屋さんでした。

パジャマを着替えるのに2時間もかかるような

脱いだら脱いだまま本を読みだしちゃうような

そんな子でしたが、それにもあまりうるさく言わなかったそうです。

学校へは行かずに早くに家を出て二人のママになっています。

娘さん2人とは別に、

五味太郎さんが48歳の時に、

編集者の陽子さんとの間に男の子が生まれています。

息子さんとは3か月に1度くらいは一緒に食事に出かけていると

15年くらい前に話されています。

インタビューに答えていた当時は、

息子さんも中学生くらいだったと考えられ、

お父さんと言える存在が一番必要な頃だったでしょうから

五味太郎さんも気にかけて色々話もされていたのではないでしょうか。

五味太郎の名言

五味太郎さんが色々なところで

インタビューなどに答えている話は

どれを読んでも心に響くものがあるのですが

今回はその中から3つ選んで紹介します。

五味太郎の名言①

俺さ、子どもをやった覚えがないんだよ。

ずっと「五味太郎」をやってきた気がする。

世間で子どもと言われる年ごろから今年まで、

誰の人生でもなく、

俺だけの俺の人生を生きてきた。

どんな子どもでしたか?という質問に答える形で話した言葉です。

時代や誰かの何かという存在ではなく

自分として自分の人生を生きていたという自負、自信

責任、覚悟のようなものを感じませんか。

子育て中に〇〇君のママという呼ばれ方でなく、

自分の名前で呼ばれたいと言っているママ友がいました。

確かに、呼ばれ方も気になりますが、

どう呼ばれようと、

私は私という意識のもち方や生き方の方が

大切なのだろうなと気付かされた言葉でした。

私も、独立した自分として生きていたいなと思いました。

自分として生きてきたと胸を張って言い続けたいなと思いました。

五味太郎の名言②

「教育とは何だろうね」って尋ねたら

「just waiting」ああ、そうかと思ったよ。

親父もおふくろもちゃんと待つ人だったんだね。

ふたりとも自分が充足していたから待てたんだと思う。

今は、充足していない親が子どもを育てることに充足を見出そうとしている。

あれ、子どもにはホント、迷惑だよな。

あせって、教育しようとしている大人に必要な一言だと思いました。

教育の結果は、今目の前のことではなく、

長い先に結果が出てきます。

それをあせらず、待てることが大切だと再確認させられました。

そして、待てるためには

自分自身が充足していないといけない。

自分自身をまず満たすことの大切さを…

そして、充足されていない大人が子どもに関わることの危うさを

ズバッと伝えてくれている貴重な一言ではないでしょうか。

私は子育てを終えてしまったので

なんとも言えませんが、

娘がママになった時に五味太郎さんのこの一言を伝えようと思います。

五味太郎の名言③

70歳半ばまで生きてくると

楽に生きないと本気になれない。

楽と楽しいというのは同じ字を使う。

楽なことは楽しいってこと。

楽しいことは楽なことなんだよね。

で、逆に苦しくても、歯を食いしばって、

涙流して、頑張れって言われても、苦しければ、楽に到達しないよね。

70歳半ばを過ぎてくると…と五味さんは話していますが、

これは、おとなも含めて

万人に言える考え方じゃないかなと思います。

以前なら苦しくてもがんばればその先に何かがある!

と、頑張れ頑張れの時代でしたが

今は、好きなこと、楽しいことが働くことにつながれば

そんな幸せなことは、ないですよね。

五味太郎さんにとって絵本を描くことは遊ぶことで

絵本を描くことは得意で好き

一番無理せず楽しくできることなのだそうです。

そういう無理ない

楽しく自然でいられるものに出会え

仕事をしている五味太郎さんが本当にうらやましいです。

私もこれからの残りの人生

楽しく無理せずできることの中から

働けるものを探していきたいなと思いました。

それができたらどんなに幸せでしょう!

五味太郎さんの現在

現在も精力的に作家活動をされています。

2022年にも2月18日にエッセイとフォトの

「6Bの鉛筆で書く」が出版されています。

2023年1月18日に五味太郎さんの新刊絵本

「とんでやすんでかんがえて…」が刊行されています。

(2023年11月現在)

まだまだ五味太郎さんの作品は世に出てきそうで楽しみです。

プライベートでは

67歳から始めたチェロにはまっているそうです。

ベテランの域に達している絵本作家さんは

本当にいつまでも若々しく

楽しみを見つけたり

新しいことに挑戦したりと

精神的に皆さん若いなあと感心してしまいます。

お手本にしたい方ばかりです。

音楽もいいと聞きますね。

私は、長い間離れていたピアノを練習して

引きたかったけれど手が届かなかった曲に挑戦しようかなと

勇気をいただきました!

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